やわらかい

日々、いろいろ、ほそぼそ

新年を迎えた話

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あけましておめでとうございます。

新年一発目のお日記が2週間ほど経過していますが、無事に新年を迎えることができました。

引っ越しの荷物も無事に届き、部屋の整理に親と揉めたり勉強机の運び出しで腰をやるのではないかと、恐れ慄きながらの作業部屋が無事に整い。

 

新年は、実家の近い友人たちと厄祓いじゃ!と初めて地元が近い人間同士でお詣りに行った。

おみくじは全員大吉、中吉、吉。良いのではないか〜と言いつつ、厄除けのお守りを買って、辺りをぶらぶらしながらお茶をして、晩ご飯を食べた。

ちなみに、今回の写真はスターバックスに行ったら私だけ何も書かれていないお手拭きを渡されて、愕然とし、スターバックスにほんのりとした恐怖感を抱いている(店員さんが教育されている、わけのわからないカスタマイズの話、云々かんぬんの理由で意味もなく怯えている)ため、やっぱり怖いねん、スターバックス……になった写真である。

 

ずっと実家にいるとおかしな気分になってきてしまうため、年始は初詣から幼馴染ののくまちゃんの家に行った。

のくまちゃん邸に着くと、玄関に入った時点で点けられていた電気を消され、中から「来た来た来た!」とけたけたと笑う声が聞こえていた。玄関で情けなく「あけてよお〜あけてよお〜」とお願いすると、扉が開かれた。

彼女の家の新入り、なつおことチワワ。やっと会えたね〜と言うも、顔をなかなか覚えてもらえず、部屋を離れる一瞬の隙に忘れられる。

私と幼馴染は顔が似ているため、「ほら!似てる!似てる!」と言い聞かすも、なつおは一生吠えていた。元気に育てよ……。

相変わらずの三毛猫には、腕を噛みちぎられそうになりつつ、まあまたいつでも来れるしな〜とゲームをしたり、翌日は喫茶店に行ったりなどをした。

近くにいるって助かる。なんかあったら平日でもいいし、行くか。そんな気分である。

 

それから部屋の整理の日々が続き、久方ぶりに会う友人に誘われて、初めての文楽鑑賞をした。中々ない、日本の伝統芸能に触れるというタイミング。事前にレクチャーをしてもらい、初めてなので音声ガイドを借りて観劇をした。

観劇したのは「義経千本桜」である。

去年一年、何かにつけてアニメの平家物語や、映画の犬王、そして鎌倉殿という大河でその辺りを見ていた私にとっては、うってつけの題材であった。

最後の段であまりの太夫の語りが心地よく、十分ほど意識を飛ばしたが、休憩を含めても3時間ほどの観劇なので許してほしい。また観に行きたいものの一つになった。奥深し。

 

それからまた日が進み、家の中で何となく家事の役割分担が決まってきて、私はあれこれと家の中で走り回っている。

それもこれも腰の重い母のおかげなのであるが、何かあると携帯を握っている母は、受験の時に私に「携帯ばかりを触るな!」と言っていた私そのもので、この人から携帯を取り上げた方がいいのでは!?と最近思っている。ツムツムとか、パズルゲームとかをやっている。ちなみに、父は一生ソリティア

貴様ら……と私は静かにそれを横目に眺めつつ、ソシャゲを回している。この親あってこの子ありというやつか…。

 

そんな両親は、今日から家を空けている。

昨日の夜のことだ。晩御飯の支度をしている父に電話がかかってきた。珍しい。床に転がり犬と遊んでいた私は手を止めて、静かにしていた。

電話の雲行きは怪しく、父の声は沈んでいく。時折混ざる冗談と、そこにおるんか?と尋ねて、そうか、声が出ないのか、と笑いながらも困ったような声。私の父方の祖父母は亡くなっている。仕事関係の知り合いだろうか。

けれど、わしと二歳しか変わらんからな、と言う父の声で、ああ、と思った。

父の兄である、私の叔父に何かあったのだろう。

 

電話を切った父は大きく溜息をついた。

どうしたの、と尋ねれば「兄貴が肺がんのステージ4や」そう言って、項垂れた。

私に父方の祖父母がいないということは、父にはもう両親がないということでもある。私も母も、いつどうなるかわからないならとすぐに行った方がいいと、私はホテルの予約を両親の代わりに取り、手紙を書いて父に渡した。

叔父の記憶。

以前家族の話で書いた、叔父である。

最後に会ったのは四年前。父と叔父と煙草を吸って、私にもし子どもができたら孫代わりに、会いに行くからとおどけた約束をした叔父だ。

祖母によく似た不器用な叔父は、楽しみにしとると、これまた百点満点!とは言えないちょっとだけ不恰好な笑みだったのを覚えている。

 

父は元気がなく、今朝も「ちゃんと寝れんかった」と洗濯物を一緒に干していると、ぽそぽそと呟いた。

兄弟がいなくなるかもしれない。それって、両親とはきっとまた違う。私の兄が、もしそうだとしたら、それはとてもとても辛いし悲しいことだ。「そりゃそうだよ」うまい言葉は見つからない。親でも、友人でも、変わらない。その人の痛みにはその人にしかわからないのだ、と私はいつも思ってしまう。

 

両親は私の病院を送りがてら、出発した。遠い遠い関東に二人で向かって。事故に遭いませんように。仲良く行ってこいよ〜。と思いつつ、見送った。

 

本当は今日、父に買った誕生日プレゼントが届いて渡す予定だった。

両親は明日帰ってくる予定だ。少しでも、帰ってきた時に笑ってくれるといいのだけれど。

 

天気の悪さも相まって、ほんの少し暗いニュースが飛び込んできて、私は今日の晩ご飯の献立を考えながら、ソファで犬と横たわっている。