やわらかい

日々、いろいろ、ほそぼそ

幼馴染の話


できたことが何が一つでもあると良し。

の生活を送っている私は、布団を干して圧縮袋に閉まったし、砂糖も入れ替えた。ご飯も炊いた。ので、今日は万事ヨシ!の日。



幼馴染に許可をもらったので(連絡したら「ええよー」の一言だった。さすが)幼馴染の話を書くことにする。


私には幼馴染と呼べる人が二人いる。

一人は、今日久しぶりに通話を約束している小学校からの付き合いの男の子。年に一回会うか会わないかになってきているけれど、何かあると「今どんな感じ?」と近況報告をしたりする。

前のピアスの話で、耳の穴のことを「傷口だから」と言った人だ。本人から「幼馴染みたいなもんやからな」という言葉をもらったので、じゃあ多分そうだろうなという人。

ちなみにたまに電話したりする時に、以前私が爪を切りながら話していたら「将棋打ってる?」と聞いてきたことがある。長い付き合いの中で私が将棋が趣味って言ったことあらへんやろ、と爆笑した。


そしてもう一人が、今日書く幼馴染。

名をのくまちゃん。初めて会ったのは、もう記憶があんまりにも曖昧だけれど、幼稚園に通わない頃にあった「お友達保育」というイベントで、その幼稚園の近所に住む子たちが集まって何ぞをする、みたいな時だったような気がする。

その時の記憶はあんまりない。彼女と本格的な付き合いになったのは幼稚園からだった。


のくまちゃんは、初めて会った時から不思議な子だった。

当時は、私も他のお友達と呼べる集団に属していて、のくまちゃんは別の輪にいたように思う。遊ぶようになったきっかけはよくわからない。小さい頃の二人で写っている写真を見ても、何のどんな時かわからない。


のくまちゃんは、口が絵で描くと動物の「ん」みたいな形をしていて、身長も大きくなかったのでうさぎに似た可愛い子だった。

そんなのくまちゃんは、幼稚園の学芸会で「みつばちマーヤ」をやった時、ダブルキャストで主人公マーヤをやっていた。私は悪い女王ハチ役。「丸いちゃんとっても上手!」先生、それはどういう意味ですか。と今でも思う。

その当時から、なんとなく、彼女は私とは違うところにいる気がした。何もしなくても、彼女のよくわからない魅力に人が集まる感じ。

かくいう私もその一人だった。

奇妙な歌を作り、それで理解し合える友達とわいわいしていて、なんともまあ、初めて見る生き物感。今で言うなら「おもしれー女…」である。


小学生になると、私とのくまちゃんはよく遊ぶようになった。絵を描くのがお互いに好きだったし、自分たちをモチーフにしたキャラを作ったり、お話を作ったり、はたまた外で謎の遊びを発明したり。


夢見大会という謎の遊びを思いついたのもこののくまちゃんとである。

引っ越してしまったけれど、私は今でものくまちゃんの電話番号を覚えている。それくらい、家によく遊びに行った。


のくまちゃんの家は、楽しいところだった。

のくまちゃんのお母さんは「○○ちゃんのママ」と呼ぶのではなく、名前のあだ名で呼んでねと言ってくれた。斬新。人のお母さんをあだ名で!?なんならお父さんもだった。それ以来、私は今も変わらずのくまちゃんの両親をあだ名で呼び続けている。友達のようなお母さんとお父さんだ。

のくまちゃんは妹もいる。妹も、家に人が出入りすることに慣れているのか、小さい頃からの知り合いだからなのか、今でも私が泊まりに行くと二人きりになっても何も気にしない。この前遊びに行った時にFGOのフレンドになった。


私にとって、あまりに居心地の良い家。

動物もいて、面白い家族もいて、のくまちゃんもいる。ある意味、私の理想に近い家庭だったのだと思う。


そんなのくまちゃんだが、あまりに変で、幼少期はかなり振り回された記憶がある。

楽しく遊んでいたはずなのに急に「帰る」と言い出したり、「今のなし!」「もう遊ばない」みたいな感じになる。私は、のくまちゃんの心が全くわからなかったので、えーー!?!となることが多かった。でも、私が彼女を好きだから、喧嘩したりとかはなかった。

なんだコイツ!?はめちゃくちゃ思っていたけど、大体私が自ら折れていた。


表情がないわけじゃなかったけれど、のくまちゃんは思ってることを心の中で唱えて喜んだり怒ったりする人だったんだろう。

だいぶ大きくなってから、「顔に出てへんけどいま喜んでるねん」とか言うようになって、そこでようやく一つ、のくまの謎が解けた。かなり時間がかかった。


初めてのキャンプはのくまちゃん家族と、のくまちゃん家族と仲の良いお家の子たちとだった。お風呂に入った帰り、その辺で固めた新聞紙でドッチボールが始まり、何が面白かったのかわからないものの、ずっとゲラゲラ笑いながらドッチボールをした。なぜかその記憶しかない。他に何かあったのかな…。

のくまちゃんのおばあちゃんの家にも泊まりに行った。お泊まりというものがあまり自由ではなかった私は、このお泊まりというものにたいそう興奮する子どもだった。ガラスの仮面とキャンディキャンディを一気読みした記憶がある。この頃から立派なオタク。それ以外の記憶が薄い。



中学生になっても、関係は変わらなかった。

登下校をともにし、その時は仮面ライダー電王やワンピースにハマっていたので、二人で妄想したり、部活も一緒で、クラスが同じなこともあった。でも、会話がない日も珍しくはなかった。二人の帰り道、何も話さない日もあった。

彼女が何を考えていたのかはわからない。無になることもよくあるから、無だった可能性もある。けれど、それに居心地の悪さを感じることは私にはなかった。

喧嘩した記憶はないと言ったけど、当時私は髪を切ることを母に禁じられていて(肌が弱かったので肌荒れによくないとのことで)髪を一つに束ねていた。そのおかげで、デコと呼ばれることが増えて、デコいじりで何回か泣いた記憶がある。

好きでデコ出しとんちゃうわ!と思うものの、デコが出ているのは事実なので、彼女が私をモチーフにしたキャラを描く時にデコが光っていたりした。おい、のくまちゃん。覚えてるからな、私は。



高校生になると、自然と進路が分かれた。

私の印象は、のくまちゃんは人見知りの気があった。なんとなく、大丈夫なのかなと心配なお節介な気持ちと、幼稚園の頃、吸い寄せられるような魅力があったのくまちゃんのことを思うと、大丈夫だろうみたいな気持ちが半々。

結果、私の方が大変で、高校に進学したら同じ中学から進学した同級生がたくさんいたはずなのに、知り合いが誰もいないクラスに振り分けられた。仲良くなった隣の席だった友人曰く、始まって数週間の私は碇ゲンドウのような佇まいで席にいたらしい。コッワ。声かけたくね〜。


のくまちゃんとは高校生になって、定期的に会うような感じだった気がする。あんまりこの辺の記憶はないけど、お互い元気にしていた。と、思う。この時、どうしてたんだっけ…?

でも、のくまちゃんの家は、私が急に飛び込んでも迎えてくれるような、そんな家だった。


高校生の頃は家に帰るのがしんどくて、それでのくまちゃんの家に行っていたような気がする。

のくまちゃんのお母さんは、私の話をよく聞いてくれた。二人きりで、よくわからん他人の子どもの話をあんなによく聞いてくれたものだと思う。

そんなのくまちゃんのお母さんは私に「のくまを人間にしてくれてありがとう」と言ってくれたことがある。

にん…げん…!?元から人間だった気もするけど、言われてみるとしっくりきた。「我慢強く付き合ってくれたおかげ」と言われたけど、私はただのくまちゃんに嫌われたくない一心だったと思う。こんなおもしれー女、離すかよ…みたいな。私は何もしてないと思う。

元から、のくまちゃんには不思議な魅力があって、人と付き合うことがちゃんとできる人だったのだと思う。



大学生になると、のくまちゃんが引っ越しをした。

引っ越し先の物件を見に行くのもついていった。たまたまのタイミングだ。実家に帰るのが嫌だった私は、実家圏内にあるのくまちゃんの家に帰省していた。

案内をしているお兄さんが「ご家族の方じゃないです…よね?」と確認していて、私は笑った。段々のくまちゃんと私の顔が似始めていた時期である。


のくまちゃんは私より早く社会人になっていたので、のくまちゃんが仕事でも遊びに行った。のくまちゃんがいるかどうかはあんまり関係なくて、そこがもう第二の実家になっていたからだ。普通にリビングにいるし、「おかえりー」も普通に言う。みんな「なんや丸いちゃんか」と言って、私がいることを気にも留めない。


のくまちゃんの家は、動物もたくさんいる。

ちなみに今彼女が飼っている猫はうちの庭で生まれた猫だ。犬たちがいる生活で育ったからか、あんまり隠れたりする猫ではない。

呼ぶと出てきてくれる。あとなぜか、私が遊びに行く時期が大体発情期なので、何をされるかわからない。

私がのくまちゃんの家で、録画されていた年末の特番を見て笑い声をあげたら、腕の肉を噛みちぎられるかと思うほど噛まれたこともある。この前も噛みちぎられそうになった。どういう気持ち!??!一時期ののくまちゃんと同じく、犬派の私は猫の気持ちがあまりわからない。


のくまちゃんの家にいる動物たち、特に犬猫たちは新参者が好きだ。

のくまちゃんの家で寝ていると、大体朝起きると布団の枕元に犬が一匹、開いた足の間に犬がもう一匹、布団の中か上に猫がいる。暑苦しさで起きる。冬はよくとも、夏は地獄。

年末に遊びに行ったら、案の定猫が発情期で、私の布団の中に入ってふくらはぎを噛みちぎられそうになった。頭までかぶった布団の上で顔面をふみふみもされた。好きにしてくれ、もう。

最近はチワワがニューフェイスで仲間入りしたみたいだけれど、このチワワにはまだ会えていない。どんな子に育つやら。



今こうして大人になった私たちだけれど、私たちは互いに何かのオタクをやっている。

のくまちゃんが二次創作界隈にやってきた時はマジ!??!と大喜びしたし、今も楽しそうにしているのを見ると、良かったな〜と思う。

それと同時に、幼少期を知っているだけに人とコミュニケーションを取っているのくまちゃんをすげ〜と思う。あと、彼女はすごいオシャレだ。会う度なんかオシャレ度が上がっていってる。いつからそうなった!?わからないけど、そういうところもすげ〜と思っている。

昔からこだわりがちゃんとあったからだろうな。そういうところは、変わらないんだなといつも思う。



去年の十二月、二十年ぶりにディズニーランドに行った。のくまちゃんがチケットを取ってくれて、彼女の誕生日が近かったから、お祝いディズニーだった。

私はあんまりにも久しぶりすぎて、「あれは何ですか?」とか、「これは二十年前もありましたか?」とかを尋ねまくる最早初の夢の国だった。

のくまちゃんが狂っててサイコーと言っていたプーさんのハニーハントに乗ったり、ジェットコースターであまりにすごすぎてげらげら笑ったりした。食べることが好きな私はずっと何かを食べていた。のくまちゃんは少食なので、私が何かを食べるたびに写真を撮っていたが、あとで見返したら、私は引くほど食べ続けていた。あとコーヒー飲み続けてた。


そして、合間に訪れる無。

私と彼女の間ではいつものことだ。

何も話さない時間。待ち時間中や、どこに行っても携帯を見てたり、ぼーっとしていたり。そんなのくまちゃんを見るたび、私はずっとずっと昔の彼女の横顔をそうして眺めていたことを思い出す。


のくまちゃんは、知らないだろうな。この日記読んだらそうだったの!?とか思いそうだけど、私はのくまちゃんのそういう顔を眺めていることが多かった。

幼馴染とか、友達とか、言葉で区切ることは難しい。どこからがそうで、そうじゃないかなんて人それぞれだろう。

のくまちゃんのことで知らないこともたくさんあるし、のくまちゃんも多分私のことを知らない部分も多いと思う。


ずっと友達でいような!みたいな約束をしたいとは思わないけど、私にとって家族のようなこの人が、何歳になってもこうやって遊んでくれたり、家に迎え入れてくれたら嬉しい。

もし、自分が家族を持つのなら、彼女の家のような柔らかくて、入口がいつも開いていて遠慮なく「ただいま」と「おかえり」が言えるような家族がいい。

私に幼馴染と呼べる人がいてよかった。



そういう「フ…おもしれー女…」な幼馴染の話でした。