やわらかい

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萌えの話

 

昨日、Twitterのスペースでフォロワーさんやスピーカーの方と話していたら、創作についての話になった。主に漫画を描くことの話についてだったのだけれど、気づいたら朝になっていた。私は基本的に、睡眠障害でもあるので、薬を飲まない限り、眠りにつくことが難しい。放っておくとずっと起きている。

それでも、しっかり八時間寝て起きた。アラームは鳴らさなかったけど、えらいわ〜と今日も自分をひと褒めして起きた。


創作のことについて、漫画のことについて色々考えていたら、ふと今や死語になっている「萌え」 という単語のことを思い出していた。

その昔は萌えという単語はひっきりなしに飛び出すものだったと思うのだけれど、いつからかそれは使われなくなったように思う。

この「萌え」というもの。今は何で置き換えられているかを考えたら、性癖とか、興奮するとか、そういう割とストレート豪速球みたいな単語になっている気がする。


私の元祖「萌え」は多分眼鏡だ。眼鏡属性萌え。あと「無口」。めちゃくちゃ萌える。これはおそらくテニスの王子様の手塚が好きだったことに起因している。好きになるキャラは割とその頃クールな男が多かった。そういう人間が垣間見せるデレや優しさなどに萌え〜!!となっていた。

私が眼鏡キャラばかりを好きになるのを見て、父が「俺が眼鏡やからやんな!」と言われてから、すごい嫌な気持ちになって、眼鏡属性萌えは一定のアベレージを超えることがなくなった。今思い出しても変な顔になる。競い合わないでくれよ、二次元と。


この死語となってしまった「萌え」というものだけれど、自分が創作するにあたってかなり大切な部分として置いているなと思った。

二次創作と違って、創作は一からキャラクターや世界の話を作っていくことになる。私の場合は書きたい話のテーマが決まっていて、それに合うキャラクター、必要な人間、出来事、そういうものを集めて、かつ、それを何も知らない人たちにある程度こういう人なんだなという理解をしてもらわなければならない。

自分ではこういう人だ!と決めていても、誰かがこうだろうと解釈してくれるのも、そうなんだ〜と新しい解釈を得て嬉しい気持ちになる。

けれど、私が詰めた「萌え」ポイントを理解してもらえると、尚のこと良し。となる。


この「萌え」は必ずしも善性だけじゃない。どんな人にも嫌なところや苦手なところがあって、それが善性と真逆の部分が押し出されている場合にも「萌え」は起きる。この表裏一体の良くも悪くも兼ね備えられた一長一短さのバランスが人にいいな…と思わせる部分のように思う。

顔面が良いのはまず描いていて自分が楽しいので「萌え」。

この人とこの人はこういう関係性なのが「萌え」。

こういう状況に置かれた時、こうなってしまう性格に「萌え」。

萌えってめちゃくちゃ大切だと思う。


と、ここまでを朝日が昇ってきた布団の中で書いていた下書きが残っていたのだが、萌えって書きすぎなのではと思って、眠い時に何かをするもんじゃないなと思った。

けれど、あながち間違いじゃないなとも読み返すと思っている。自分、ここが最高だと思うんですよね!の「萌え」は人に伝わるものだ。

見た目でもいい、性格でもいい、関係性でもいい、状況でもいい。「萌え」最高じゃん。


 よくよく考えてみれば、キャラクターを作っていると絶対眼鏡の人間がいる。眼鏡属性萌え、なおってないんじゃん…。


今日はうまく頭が動いていないので短めの「萌え」の話でした。